大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和51年(あ)310号 判決 1978年6月29日

主文

原判決及び第一審判決を破棄する。

被告人を懲役三月に処する。

ただし、この裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予する。

原審及び第一審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(上告趣意に対する判断)

一  検察官の上告趣意第一点の一は、判例違反をいうが、所論引用の各判例は、いずれも事案を異にし本件に適切でなく、同第一点の二は、判例違反をいうが、原判決は、公務執行妨害罪の主観的成立要件としての職務執行中であることの認識の点について、なんらの法律判断も示していないから、前提を欠き、同第二点は、単なる法令違反の主張であって、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

二  弁護人伊達秋雄 同佐伯千仭、同小林勤武、同後藤昌次郎、同内藤義憲の上告趣意第一点は、単なる法令違反、事実誤認の主張であり、同第二点は、判例違反をいうが、日本電信電話公社の行った組合員に対する懲戒処分が懲戒権の濫用であることを前提とするものであるところ、本件懲戒処分が懲戒権の濫用によるものとは認められない旨の原判断は相当であるから、前提を欠き、同第三点は、事実誤認の主張であって、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

(職権による判断)

所論にかんがみ職権をもって調査すると、原判決及び第一審判決は、以下に述べる理由により、結局、破棄を免れない。

一  本件公訴事実の要旨は、

被告人は、全国電気通信労働組合近畿地方本部兵庫県支部の執行委員であるが、かねて同組合所属組合員の行った違法争議行為に対し、日本電信電話公社の行った同組合員に対する行政処分を不当とし、

第一  昭和四〇年七月二日午前一〇時頃、神戸市長田区細田町七丁目三番地所在の長田電報局局長室において、電報料金の収納等に関する会計書類の点検、決裁の職務を行っていた同電報局長北井義一に対し、「お前の体の中に狐がついておるから叩き出してやる」「不当処分撤回」と怒号し、矢庭に同局長の耳もとで、四リットル入りのガソリンの空缶を四、五回激しく連打して暴行を加え、もって公務員である同局長の右職務の執行を妨害し、

第二  同日午前一一時頃、同電報局内の窓口業務、通信室において、電報配達業務等に関する上部機関への報告文書作成の職務を行っていた同電報局次長岩崎昇二郎に対し、前同様のことを怒号し、同次長の顔面直前で一八リットル入りの石油の空缶を四、五回激しく連打し、その際、前記北井局長から職場秩序の維持のため右行為を制止されるや、約三〇分にわたり、同局長及び同次長に対し「この汚ない手で処分したのか」「警察を呼ぶなら呼んでみろ、警官位来たらぶん殴ってやる」等と怒号して、同人らの耳もとで前記空缶を十数回激しく連打し、さらに同局長の両肩を両手で突き飛ばし、左手甲を一〇回位、手刀で殴りつけ、鉄製の書類箱に同人を押しつけて前後にゆさぶる等の暴行を加え、前記次長に対しては、いわゆる「しっぺ」で同人の左手甲を四、五回強く殴りつけて暴行を加え、もって公務員である右両名の前記職務の執行を妨害したものである、

というものであって、第一、第二の各事実はいずれも公務執行妨害罪に該当するとして、起訴されたものである。

二  第一審判決は、公訴事実第一記載の電報局長の職務行為及び同第二記載の電報局次長の職務行為はいずれも被告人に応対するため任意に中断されており、また、同第二記載の電報局長の職務行為(制止行為)は行われていなかったと認められるばかりではなく、被告人には、いずれもその応対行為を妨害する犯意がなかったとして、公務執行妨害罪は成立しないと判示し、さらに、暴行罪の成否については、被告人の行為は、暴行罪の構成要件に該当するが、その法益侵害の程度も極めて軽微であり、本件発生に至る経過、とくに原因、動機、目的、手段、方法、程度、法益の権衡等諸般の事情を考慮すれば、被告人の行為は、いまだ暴行罪の構成要件の予定する程度の違法性に達しないから、結局犯罪を構成しないとして、被告人に無罪の判決を言い渡した。

三  これに対し、検察官から控訴の申立があり、原判決は、電報局長及び電報局次長に対する被告人の暴行の点については、前記公訴事実第一及び第二記載の事実とほぼ同様の事実を認め、右暴行には可罰的違法性が認められるから、一審判決には事実の誤認及び法令の解釈適用の誤りがあるとして第一審判決を破棄したうえ、被告人を罰金二万円に処したが、その理由中において、次のとおり説示し、公務執行妨害罪の成立を否定した。

すなわち、原判決は、刑法九五条一項の公務執行妨害罪の保護の対象となる職務の執行は、具体的・個別的に特定された職務に執行を開始してから、これを終了するまでの時間的範囲及びまさに当該職務の執行を開始しようとしている場合のように当該職務の執行と時間的に接着し、これと切り離しえない一体的関係にあるとみることができる範囲内の職務行為に限定されるものと解すべきである、と判示したうえ、公訴事実第一の電報局長の職務行為については、同局長はその職務を中断して被告人に応対すべく立ち上りかけた際、すなわち、職務の執行終了直後に被告人から暴行を加えられたのであるから、被告人の暴行は同人が「職務ヲ執行スルニ当リ」加えられたものということはできない、と判示した。

また、公訴事実第二の電報局次長の職務行為についても、原判決は、同次長は、午前一一時ころ通信室の自己の机に向かってその職務を執行していたが、被告人らの石油空缶を叩く音や話し声が聞えたので、職務の執行を続けることを断念し右資料を机の引き出しに入れて立ち上ったところ、それと同時位に入って来た被告人に「しっぺ」をはじめとする暴行を加えられたもので、同次長が被告人から暴行を受けた際には、既に職務の執行は中断されていたことが明らかであり、それも同次長において不本意ながら同人の判断に基づき自発的に中断したものと認められるから、同次長は「職務ヲ執行スルニ当リ」暴行を加えられたものではないと解するのが相当である、とし、さらに、被告人は次長が立ち上ったころ、通信室に入ったのであって、次長がその職務を執行中これを中断して立ち上った事実を被告人が認識していたことを確認しうる証拠はないから、被告人に次長に対する公務執行妨害罪の故意が存したかどうか疑わしい、として、犯意の点からも公務執行妨害罪の成立を否定した。

次いで、公訴事実第二の電報局長の職務行為について、原判決は、同局長の行為は明白な制止とはいえないまでもそれ自体局所内の秩序維持のための制止行為である、としながら、それは婉曲な言葉を用いてなされた一回限りの制止行為であって、単に場所を移転して応接したい旨の誘引的申入れと受けとられる可能性があり、結局、被告人が局長の右制止行為を秩序維持のための制止行為と受けとったうえ、暴行に及んだものと断定するにはちゅうちょの余地があり、本件公訴事実第二記載の局長に対する公務執行妨害罪につき被告人に故意があった事実を認め難い、として、犯意の点で同罪の成立を否定した。

四  そこで、原判決の法令の解釈・適用の当否につき検討する。

1  刑法九五条一項にいう「職務ヲ執行スルニ当リ」とは、具体的・個別的に特定された職務の執行を開始してからこれを終了するまでの時間的範囲及びまさに当該職務の執行を開始しようとしている場合のように当該職務の執行と時間的に接着しこれと切り離しえない一体的関係にあるとみることができる範囲内の職務行為をいうものと解すべきである(最高裁昭和四二年(あ)第二三〇七号同四五年一二月二二日第三小法廷判決・刑集二四巻一三号一八一二頁)が、同項にいう職務には、ひろく公務員が取り扱う各種各様の事務のすべてが含まれるものである(大審院明治四二年(れ)第一四九五号同年一一月一九日判決・刑録一五輯二六巻一六四一頁、同四四年(れ)第五二七号同年四月一七日判決・刑録一七輯九巻六〇一頁参照)から、職務の性質によっては、その内容、職務執行の過程を個別的に分断して部分的にそれぞれの開始、終了を論ずることが不自然かつ不可能であって、ある程度継続した一連の職務として把握することが相当と考えられるものがあり、そのように解しても当該職務行為の具体性・個別性を失うものではないのである。

2  これを本件についてみるに、日本電信電話公社職制六七条三項、五項によれば、電報局長は、上司又は当該機関を管理する機関の長の命を受け、所属の職員等を指揮監督してその局の事務を執行する職責を有するものとされており、本件電報局長は、その局の事務全般を掌理し、部下職員を指揮監督する職務権限を有するものであり、また、日本電信電話公社の電話局、電報局等分課規程二三一条によれば、電報局次長は、局長を助け、局務を整理するものとされており、本件電報局次長は、局長を補佐して局務全般を整理し、局長の命を受けて部下職員を指揮監督する職務権限を有するものであって、本件局長及び次長の職務は、局務全般にわたる統轄的なもので、その性質上一体性ないし継続性を有するものと認められ、本件公訴事実記載の局長及び次長の職務も右の統轄的な職務の一部にすぎないものというべきである。したがって、このような局長及び次長の職務の性質からすれば、局長及び次長が被告人から原判示暴行を受けた際、公訴事実記載の職務の執行が中断ないし停止されているかのような外観を呈していたとしても、局長及び次長は、なお一体性ないし継続性を有する前記の統轄的職務の執行中であったとみるのが相当である。

3  さらに、原判決が認定したところによると、被告人の本件暴行の所為は、いわゆる「パルチザン闘争」と称する職制に対するいやがらせを執拗に継続する「処分撤回闘争」の一環としてなされたものであり、そのため局長及び次長は、公訴事実記載の各職務の執行を事実上一時的に中断せざるをえなくなったものであって、局長及び次長がその職務の執行を自ら放棄し、又は自発的にその職務の執行から離脱したものでないことが明らかであり、したがって、本件局長及び次長の右各職務の執行が一見中断ないし停止されているかのような外観を呈したとしても、その状態が被告人の不法な目的をもった行動によって作出されたものである以上、これをもって局長及び次長が任意、自発的に当該職務の執行を中断し、その職務執行が終了したものと解するのは相当でないといわざるをえない。

4  次に、原判決は、公訴事実第二記載の公務執行妨害の訴因につき、被告人に同罪の故意が認められないとし、その理由を前記のように判示している。すなわち、原判決は、公務執行妨害罪の主観的成立要件としての職務執行中であることの認識につき、当該公務員が具体的にいかなる職務を執行中であるかについての認識を必要とするとの見解に立って被告人の本件行為を評価しているのである。しかしながら、公務執行妨害罪の故意が成立するためには、行為者において公務員が職務行為の執行に当っていることの認識があれば足り、具体的にいかなる内容の職務の執行中であるかまでを認識することを要しないものと解するのが相当であるところ、被告人は、あらかじめ面会を申し入れることもなく、突如局長室及び通信室に闖入したものであって、本件行為当時、局長及び次長が原判示長田電報局の事務全般を管理するという職務を執行中であったことの認識を有していたことは記録上明らかであるから、被告人につき公務執行妨害罪の故意の存在を肯定しうるものといわざるをえない。

5  そうすると、被告人の本件行為は、公務執行妨害罪を構成するものというべきであるから、被告人に対し同罪の成立を否定した第一審判決及び原判決には法令の違反があり、これが判決に影響を及ぼし、原判決及び第一審判決を破棄しなければ著しく正義に反するものであることは明らかである。

(結論)

よって、刑訴法四一一条一号により原判決及び第一審判決を全部破棄し、直ちに判決することができるものと認めて、同法四一三条但書により被告事件についてさらに判決する。

原判決の証拠の標目掲記の各証拠によると、被告人は、原判示組合近畿地方本部兵庫県支部の執行委員であったところ、かねて同組合所属組合員の行った争議行為に対し日本電信電話公社が行った懲戒処分を不当とし、(一) 原判決の罪となるべき事実第一記載の日時、場所において、原判示長田電報局の事務全般を掌理し、部下職員を指揮監督する職務に従事し、その一部として公訴事実第一記載の職務を行っていた原判示北井義一局長に対し、原判決の罪となるべき事実第一記載の暴行を加えて、その職務の執行を妨害し、(二) 同第二記載の日時、場所において、局長を補佐して局務全般を整理し、局長の命を受けて部下職員を指揮監督する職務に従事し、その一部として、公訴事実第二記載の職務を行っていた原判示岩崎昇二郎及び前記(一)記載の職務に従事し、その一部として局所内の秩序維持のための制止行為をしていた右北井局長に対し、原判決の罪となるべき事実第二記載の各暴行を加えて、右両名の職務の執行を妨害したものであることが、認められ、右事実に法令を適用すると、(一)の事実は、刑法九五条一項に、(二)の事実は包括して同項に該当するので、所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は、同法四五条前段の併合罪であるので、同法四七条本文、一〇条により、犯情の重い(二)の罪の刑に併合罪の加重をした刑期範囲内において、被告人を懲役三月に処し、同法二五条一項を適用して、この裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予し、なお、第一審及び原審における訴訟費用については、刑訴法一八一条一項本文によりその全部を被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。

この判決は、裁判官団藤重光の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。

裁判官団藤重光の補足意見は、次のとおりである。

法令により公務に従事する者とみなされる公法人の職員の職務であっても、たとえば国鉄職員などの行う現業業務は、民間企業の業務と実態においてなんら異なるところはないから、業務妨害罪(刑法二三三条、二三四条)における「業務」にあたり、偽計・威力を用いてこれを妨害するときは同罪を構成するものというべきであり(最高裁判所昭和四一年一一月三〇日大法廷判決・刑集二〇巻九号一〇七六頁参照)、その反面において、わたくしは、この種の現業業務は公務執行妨害罪における「職務」から除外されるべきものと考えている(最高裁判所昭和五二年(あ)第九三九号同五三年五月二二日第一小法廷決定におけるわたくしの補足意見)。しかし、本件電報局長および電報局次長の各職務行為はいずれも右のような現業業務に該当するものとはいえないから、本件に関するかぎり、わたくしも、多数意見に完全に同調する者である。

(裁判長裁判官 岸盛一 裁判官 岸上康夫 裁判官 団藤重光 裁判官 藤崎萬里 裁判官 本山亨)

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